私の天使


昭和59年の冬はかつてないような大雪が東京を包んでいました。 私はそのとき結婚していて生まれたばかりの男の子を抱えていました。子供は出産異常でとても弱く殆ど外につれだすこともできず何週間も高熱にうなされ私も毎晩幾度と無く子供の泣き声に飛び起き、ミルクを飲んでも吐いてしまう斜頸の障害に苦しんでいました 。

9月生まれの私の子供は5ヶ月たった2月になっても体重が一向に増えず生後3ヶ月くらいの小さい体でした。その日は夕べからの雪がやむ気配も無く朝からしんしんと冷え夫の出かけた家の中は冷え冷えとしていました。結婚してから私と夫の仲は日に日に悪くなりその頃には殆ど会話がなかったと思います。毎日毎日生まれたばかりの子供を抱いてただ呆然と外を眺めていました。一日中どこからも電話がかかることもなく そんな日が一週間、二週間と続きました。もうだれも私の事を忘れてしまった、誰からも相手にされないと本気で思ったその大雪の日、私は子供と一緒に死んでしまおうと思っていました。


雪のせいでしょうか、静寂は一層深く自分が暗い穴に沈んでいくような錯覚さえ覚えました。一人ぼっちの孤独ではなく夫がいるのに孤独であることのほうが余計惨めで情けなく思いました。何のためにこんなに寂しい人生を送ってしまっているのか。子供ができて嬉しいはずなのに、そんな幸福は感じることがなくただ生活が苦しく毎日お財布と睨めっこ。その上役者 を夢見ている夫は家庭を顧みず、子供を抱こうともしないで不機嫌な顔で当り散らしていました。
一人ぼっちの私。だれも連絡をくれない。 たったこれだ けのことでも もう死ぬのに十分な気持ちでした。

そのときふっと子供の方を見ると、いつの間にか雪が止んで外は晴れ間が覗いていました。その柔らかい日差しが小さな子供の顔を柔らかく照らしていました。ラジオからフォーレのレクイエムが流れていました。うす柔らかな日差しの中で浮かび上がった子供の横顔のなんと美しかったこと。 お母さん、僕と一緒に生きようよ、と言われてしまったようでした。 天使が、私の天使がそっと私を抱きしめて生きることを思い出させてくれた瞬間でした。

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あの頃最初に出会った捨猫 ヨネコ姐さん
私が泣いていると両手で抱きしめて 長い間涙を舐めて癒してくれた。
by jiro_saty | 2006-08-12 12:09 | みっちゃんのツイート