カテゴリ: メモリアル( 36 )

追悼 琥珀君

去年息子が元だんなの故郷福知山の寺から連れ帰った白い猫
琥珀

最初から慢性鼻炎と食欲不振もあり長生きが出来ないと思われていました。白い猫ちゃんは突然変異と言われ病気も多く若いうちの死亡も多いようです。




琥珀は気だてもよく誰とでも仲良く出来てみんなの癒し系でした。


余談ですが ここのブログで琥珀が登場していました。
なべたけの全国仁王行脚!
by jiro_saty | 2012-08-27 11:19 |  メモリアル

追悼 パウロ

頑張っていたパウロ君ですが、血栓が再発し夜中のうちに亡くなりました。

毎晩一緒に抱いて音響ベッドで寝ていたのに今日に限って立ち会えなかった。夜十時半くらいにはまだ静かに寝ていたのに足の冷たさは回復出来ずいつものように起き上がる事はできなくなっていた。

本当に悔しい。

あの多頭飼育の現場からレスキューしてまだ一年経っていないはず。
もっと早くレスキューできていたらと思うと自分を責めたくなる。
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今でもパウロの大きな声が聞こえます。
ご機嫌で部屋を走り回り
パウちゃーん、パウちゃーんと言っているように聞こえる楽しげな声。
毎日あなたは楽しかった?
by jiro_saty | 2012-06-22 03:03 |  メモリアル

追悼 クフィ君

5月20日午前2時過ぎ クフィが永眠しました。
彼については以前 ことの顛末という題名で3回書いてあります。

ことの顛末
ことの顛末2
ことの顛末3

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私たちの街であり得ないような動物の飼育が平然と行われそれを誰も制する事が出来ないという不自由さをいつも感じます。法律も警察もそして愛護センターも指導という元に本来人間が行うべき動物への福祉の心をどうやって表現したらいいのでしょう。
感受性が強いという事だけで片付けられる場面も多々あります。。。

クフィが長い間苦しんだ時間が取り戻せるとは思えません。 みっちゃんちで最後はよかったね と言われても彼が置かれていたあまりにも残酷な日常を私はけして忘れる事が出来ない。
飼育していた男性を捜し出し注意しそして沢山の獣医が心を痛め動いてくれました。あるドクターは私たちに彼が書いたメモを彼が獣医だと言って働いている大学にばらまいてやったら と言ったほどでした。

ここに彼が書いたメモを記しておきましょう。



誠に申し訳ありませんが、静かに暮らさせて頂きたくお願いします。獣医師として野良猫に餌を与える団体に賛同する事はできません。この地域は野良猫が多く住民としては皆困っています。(エイズも多い)また勝手に敷地内に侵入し器物破損、放置し、草木を折られ精神的におかしくなりそうです。猫は砂漠などでも生息する様に犬に比べると暑さ感想にも強く熱中症も犬に比べると少ないのが現状です。庭先につながれている犬達を心配する方が先です。
またドロボウの為に留守を教える張り紙をするなどのイヤガラセには理解できません。お願いですから、放念の程よろしくお願いいたします。(お水も勝手にあげないでください。容器の穴より水が漏れ不衛生です)



最終的に誤解を与えるような事をして申し訳なかったと大学側に陳謝したとの事ですが彼が持ち込んだ慈恵院にはけして真実を話してはいませんでした。
by jiro_saty | 2012-05-21 18:42 | メモリアル

追悼 かい君

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今日午前11時にかい君 永眠しました。
持病の心臓病の発作が急に出てしばらく呼吸が苦しそうでしたがその後落ち着き静かに逝きました。


今朝は8時すぎに犬のオーガニックのハム(ブッチジャパン)を100グラム それから猫缶詰を半分平らげ水を美味しそうに飲み干し大量におしっこをしうんちも出してしばらく起き上がっておりましたが9時前に心臓病の発作が起き大きな痙攣を起こしました。

震災の日から歩行困難になり音響ベットのおかげでどこにも床ずれがなく心臓病の薬も飲まず発作にも教われず最後まで体温は38度をキープしていました。

素晴らしい健やかな寝顔です。

かい君は私たちみんなに計り知れない程の幸せな時間を与えてくれました。ありがとう。
あなたと暮らせた事を深く感謝しています。
by JIRO_SATY | 2012-02-02 16:08 | メモリアル

追悼 ぶーちゃん

ぶーちゃんは みっちゃんの妹分  ヤエチャンからの大事な預かり猫でした。

享年 16歳

きたときから口腔内にできものがあり(多分腫瘍?)食べようとすると時々ひどく痛んでいました。
でも
ぶーちゃんはたくましく お散歩にもニンニンいいながら(ほんとにニンニンしゃべります)遠くまでついてきました。

とてもとても可愛かった。

痩せて 骨と皮になって  でも毎日みっちゃんのベットを占領してのびのび寝ていました。

最後に音響椅子に座れて 痛みもなく安らかに逝きました。


ぶーちゃん
素敵な毎日をありがとうね
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by jiro_saty | 2011-05-16 20:16 | メモリアル

追悼 エリザベステーラー

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つい先日 ほんもののリズが亡くなった。。。

あまり人になれなかったけれど グリーンの瞳が美しい本当に美猫でした。
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ありがとう。 リズちゃん 

フォトBY Yoko
by jiro_saty | 2011-04-05 01:04 | メモリアル

追悼 みーちゃん

19歳になる我が家の大長老が老衰で逝きました。

コトン と音がするような静かな最後でした。

最後まで元気でゆっくり寝ていました。


36歳のときから色々な時間をともに過ごしてくれました。 ありがとう。 みーちゃん
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by jiro_saty | 2011-03-27 12:23 | メモリアル

追悼 ネルちゃん

一昨日の夜 ネルが逝きました。 少し風邪をひいていて2回点滴と風邪の治療に通いましたが乗り越えることが出来ず静かに息を引き取りました。
享年17歳(推定)
みっちゃんが東久留米の本町から実家に越してきてからずうっとネズミとりの名人でした。保護した時にはネルの生んだ子猫を育て上げみんな貰い手が付いた矢先に2度 他の捨て猫を育て上げてくれました。
しっかりした気位の高い綺麗な女の子で ネルが部屋の中で休んでいる間相棒のグラちゃんが鳴いて探していたのが哀れでした。

ありがとう ネル
楽しかったです。。。


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ネルちゃん バイバイ053.gif053.gif
by jiro_saty | 2010-11-17 12:27 |  メモリアル

追悼 愛ちゃん

10月28日午前1時半、アイちゃんは私たちを残して逝ってしまいました

やっと暑さが収まってお散歩できるようになったのに、アイちゃんは以前の健脚
に戻れませんでした

夏に数回起こしたてんかん発作で後ろ脚がちょっと弱っていました

それでも外が大好きでしょっちゅう玄関へ行っては散歩をせがむので、沢山歩け
ば良くなると期待していました

でも10メートル行っては立ち止まりジーっと眺めている…の繰り返しで一時間
出ていても距離は以前の半分以下でした

10月1日には兄のセルフビルドログの手伝いに、アイも3日間のキャンプに行
きました

八ヶ岳の精気あふれる草木の匂いにアイはくんくんキョロキョロ。
編笠山の登山口である標高1570メートルの駐車場に降りて山道に入ってみると、
アイは嘘のようにしっかりした歩みで、自分から道を探して石ころ段差の登山道
を飛び歩きました。
もっと元気になったらきっとアイを山登りに連れて行こうと誓い、30分ほどで
そこを切り上げました。夜は私のテントで一緒にぐっすり

でも相当疲れたのでしょう、帰って2日ほどは寝てばかりでした

その後あの激しい徘徊が始まりました

夜昼かまわず、ずっと家中を走り回って寝ない、食べない。ストレスかと真夜中
でも外に連れ出したのですが、疲れ果てて寝ても一時間と睡眠が続かない

その興奮状態が5日目になって、このままでは死ぬ、と病院に行きました

食べていないので点滴を、くるくる右旋回するのでフェノバールとステロイドの
注射

前庭障害なら薬で治るとのこと。毎日通院して お医者さんも手を尽くしてくれま
したが 容態は快方に向かわず アイちゃんは力尽きました

たくさんの注射や薬 どんどん動かなくなっていく体にアイは動揺し辛かっただろ
うと思います

もう立ち上がることができなくなった27日 アイは深い眠りを選びました。

ぐったりしたアイを日差しのあるベランダに布団ごと出して寝かせると、また立
ち上がろうともがき、けいれんを起こしました

アイの目には涙が流れていました

もう死んじゃう、と夫に泣いて電話していたらアイは意識を戻して、シリンジで
の強制給餌で水とad缶を受け入れてくれました

アイは私を喜ばせようとして最後の食事を頑張って飲み込んでくれたのだと思い
ます

その後はもう自分で体を動かすこともなく、朦朧とした目に涙を浮かべながら、
辛い体と立派に闘い続けました

夕方に夫が帰ってからアイの呼吸はだんだん荒くなり、けいれんを断続的に繰り
返していきました

意識がなくなってもなお8時間近く 心臓が止まるまでアイは勇敢に生を全うしま
した

すべてを甘受して逃げず 健気に命のしきたりに従う。四の五の言わない純粋な生
き様は 真実そのものでした

可愛いかわいい顔、体、艶々しっとりした毛並みに顔を埋めて 思う存分泣きまし
た ありがとうって

アイは間違いなく私を救ってくれた天使です

お寺で火葬供養してもらって
「きれいに全身の骨が残っているのは珍しい 丈夫な骨質は若い頃に栄養が行き届
いていたから」
「きっと可愛がられて育ったのでしょう」
「もし虐待などがあったらこんなに綺麗な頭蓋骨は残りません」
と 嬉しい言葉をいただきました

全身の骨を壺に詰めて がらんとしてしまった我が家に帰ってきました

アイちゃんは勇気をくれました 命は希望と同義なのだと教えてくれました

たった7ヶ月しか居てくれなかったけど アイは永遠の絆を残してくれた

川村さんにはあまり薬物療法に頼らないように言われ 私もそう思っていました
でも夏に繰り返したてんかん様発作から私たちは病院通いを断つことはできませ
んでした

腎臓の経過も心配でした、結果的に10月に腎臓は正常値に戻っていました

もっと良い医者を と私たちは五軒の医者を渡り歩きました

最後に出会ったお医者は歩いて行けるほど近くの開業医。真夜中でもいつでも電
話して と携帯番号をくださり たくさん議論を交わして 納得した治療をしていた
だきました

火葬をしてくれた方が骨を見て
「15歳以上に思えます」と言っていました

私たちはアイが可愛いくて可愛いくて「赤ちゃん?と良く訊かれるんです、ほら
毛もこんなにふさふさフワフワで、山で過酷な経験したからダメージが深いんで
す」と、10歳以上との見立ては認めたくなかった

でも沢山の骨を見てきた火葬師の方が15歳と言うなら…寿命だったのかもしれ
ません

ほんとうに赤ちゃんのように愛らしい目で、品のある美人さんで、気丈な子でし


そして川村さんの言った通り お尻のきれいな子でした

あんなに体がぐずぐずになってもアイは一度も家で粗相をしませんでした

心臓が止まったその時 アイのお尻からおしっこがつーっと流れました

温かくて懐かしい匂いの液体。アイちゃんの命の証拠。我慢してたんだね、我慢
しなくたって良かったのに。

動くことを止めた体なのにおしっこは流れて動いて出てくる…アイちゃんの命の
余韻を授けていただいたようで…手のひらで受け、その温かさを匂いをしっかり
記憶に留めたくて顔を埋めました

川村さん HASの皆さんには大変お世話になりました
アイを応援してくださった皆様の愛を抱えて アイちゃんは自由に走り回れる天上
へ旅立ったと思います

どうぞ「アイちゃん!」と一言声をかけてやってください

ご厚情に深く感謝いたします
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皆さんにアイが立派に生き切ったこと 知っていただければ 幸いです
元の飼い主さんも事情があって飼えなくなったか
または山ではぐれた事故だったか

うちに来てからも 行き会う人全員に興味を示して寄って行った
駅前の向かいの道からは いつも帰宅する人たちの列と車の往来をずーっと眺めて
いた
散歩中に家の入り口があると どこの家でも入ろうとした
アイちゃんは元の飼い主を探していたんだと思います
もし元の飼い主さんが生きているなら アイの美しい最期をお知らせしたいです
こんなに素直に気高い子に育て上げあげくれてありがとう

私たちに素敵な宝石をバトンタッチしてくださって ありがとう て。


愛ちゃん保護当時はここで見れます^^


愛ちゃん 保護当時



そして最後にHASのりえちゃんから

愛ちゃん…本当に本当に最後まで愛されていましたね
Yさんのメール私も愛でいっぱいに満たされました
ご冥福をお祈り致します。

たくさんの動物が最後までこんな風に愛されて最後を迎えられたらいいのにと、改めて思いました。
by jiro_saty | 2010-10-30 11:50 |  メモリアル

追悼 みかちゃん

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この愛らしい子は2年前の正月にみっちゃんちにやってきました。

冬の冷たい中 マンションの下でうずくまっているみかちゃんを見て思わず保護してしまった人が

自分でどうしても飼う事が出来ずみっちゃんちに連れてきたのです。

正月だったけど どうしても断われず そのままみかちゃんはみっちゃんちの子になりました。


首の骨がゆがんでいたようでいつも傾げたような姿が愛らしかった。。。。


椅子に座ると一番にやってきて甘えていましたね。。



みかちゃん  安らかに。。。。

  写真は陽子チャンでした。 いつも愛してくれてありがとうね^^^
by jiro_saty | 2010-08-24 02:07 |  メモリアル