愛が足りない

一回目の離婚をして賃貸のマンションに犬と猫と幼い我が子と住んでいた。今から20年前、自分は29歳だった。当時同居をしていた人に子供の世話を頼み 生活のために夜中まで働いていた。 HASはもうスタートして2年になろうとしていた。

子供のことを愛せなかった。 躾と思って同居の人間のいうなりにいつも子供をしかってばかりいた。 いつもそれは他愛もないことだった。 ある日ココアが欲しいと泣いている息子のことを叱り飛ばした。息子はココアがほしいのではなく 甘えたくて 愛されたくて泣いていた。でも私は同居の人間に逆らえなかった。  何もかもが頼りなく 自信がなかった。

「 おかあさん ココーカ(ココア)ください。」

泣きじゃくる子供  柔らかい暖かいホッペに大粒の涙
冷たいコンクリートの壁に体を押し付けて幼い子供の泣く姿、、、。

叱り続ける自分


そして 

ピンポーン

ベルがなる。  誰かが家の玄関の外にいるんだ。
そう思って 叱るのをやめてドアを開けると お隣の物静かなご主人だった。
可愛いマルチーズを抱いていた。

どうしたの?
子供をそんなに叱るもんじゃないよ。 子供は叱って育てるもんじゃないよ。

優しい暖かい声だった。 深い慈しみに溢れていた。



ハッとした。

聞こえていたんだ。 自分がいつも叱っている事を この人は知っていたんだ。

恥ずかしかった。 でも
とても有難かった。
すごく
救われたような気持ちがして。。  

  そうでしょうか、、、。


出てきた言葉はそれだけだった。
 
素直に謝れなかったけど
言われたことが心に響いた。   
そんなに叱る理由もないのに、、。叱ってばかりだった。

それから暫くして 仕事も生活も何もかも変えた。

まだまだ 長い苦しい生活が続いていたけど 

でも 少なくても愛が足りないことを
息子を愛せないことに ほんの少し気がつくことが 出来た。

小学生6年で 息子は不登校になった。
中学も行かなかった。 高校も行かなかった。
先生に呼ばれたけど 私はそれでもいいと思っていると話した。
学校だけが全てではない それに
学校に行けるような心のユトリが息子に無かったのかもしれないと 思った。


勿論それは愛が足りなかったから。
私の愛が足りなかったから。
親の愛が足りないことで
子供が苦しんだ。

最近息子が彼の父親ともめた。
そして

 お母さんが離婚した理由がわかったよ と語った。
今までは納得行かなかったけど 今は少しわかるよ と。


49歳の今

子供を信じている
何があっても どんな生き方をしていても
私は自分と自分の子供を信じている
そして

とても愛している。

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by jiro_saty | 2006-10-06 17:24 | みっちゃんのツイート