愛ある介護の話~夕子ちゃんから~

介護病棟勤務の頃、私たちが かっちゃん と呼んで可愛がってた患者がいた。ホームレスだったらしく、家族はいなかった。
彼は、交通事故による脳出血でオペをし、何とか一命をとり止めたものの、頭骨の一部がなく、へこんだ頭のままだった。脳障害が残り、言語もままならず、寝たきりだった。意識が明瞭になり、回復して来るに連れ、起き上がれるようになり、チューブからの栄養しか取れなかった彼がベッドに座って口からお粥やヨーグルトを半分自力で食べられるまでに元気になった。
でも、かっちゃんは、いつもいつも怒ってた。「めめめめめ、めー!」と、自分の意志が伝わらないことにじれ、苛立って、食事介助をしようとしても「めめめめー!」オムツ交換のときも「めめめ、め、めー!」とにかくよく怒った。
でも、私たちが次第に彼の意志や感情を理解出来るようになり、同じ「めめめめ」でも、このおかずは食べたくない、とか、オムツは嫌だ、とか、わかるようになって来ると、かっちゃんは、「め、めめめめ」と、笑顔を見せるようになった。何ヶ月の間だっただろう、時間はかかったけど、かっちゃんと私たちの間に穏やかで温かい時間が流れるようになった。へこんだ頭のままで、かっちゃんはよく笑い、私たちも「まったく、かっちゃんはあ、すーぐ怒るんだからー」と言いつつ、かっちゃんを可愛がった。
でも、そんな温かい時間も終わるときが来た。
私が夜勤のとき、かっちゃんは急変した。本来急変のときは、救急処置を行う。気管内挿管をしたり、モニタをつけたり、家族に連絡したりする。かっちゃんに家族はいない、とされていたが東北地方の或る県に息子さんがいて、看護師が連絡を取ったが息子さんは「父親とはもう縁を切った、遺体を引き取ることも出来ない」と、全く関係ない、と言うような返事だった。おそらく放蕩の限りを尽くして家族にもさんざん迷惑をかけたのだろう。私の知らない所で、かっちゃんがどんなことをして来たか、どんな人生を送って来たのか、は想像の域を出ない。病棟でのかっちゃんしか知らない。だから、息子さんを責めることなど当然出来ない。
遺体の引き取り手がないときは、警察に連絡して引き取ってもらう。検死を行うため、一切の救急処置はしないこと、死んだ後も何の処置もしないこと、つまりそのままの状態で置いておくように、という指示だった。
深夜だった。いつもはバタバタする急変時なのに、かっちゃんには何の処置をすることも許されない。家族もいない。看護師は採血など、最低限の処置に追われていて忙しく動き回っていた。

私は、苦しそうに喘いでいるかっちゃんの姿を見ながら、「せめてかっちゃんが息を引き取るまで、ここにいよう」と、思い立った。普段の急変ではあり得ないことだけれど、私はベッドサイドにずっと座ってた。
そのときのかっちゃんの姿は、私がこれまで見送って来た犬たちの最期と、同じだった。荒い呼吸を繰り返し、顔は土気色になっていた。「苦しいねえ、でも、もうすぐラクになるからね」と、声をかけながら、ずっと彼の手をさすってた。もう冷たくなっていた。
やがて、下顎を大きく動かし呼吸を始めた。この下顎呼吸が始まると、もう最期だと知っていた私は「よく頑張ったねえ、もうラクになるよ」と、ホッとした。
そして、かっちゃんは死んだ。当直医が私に向かって「~時~分、ご臨終です」と、形式的に言った。死亡確認はしなくてはならないから、職員である私に言うしかなかったのだろう。私もまた、まるで家族であるかのように、「ありがとうございました」と、お礼を言った。
死後の処置は出来なくても、せめて体を拭いて、手を組ませるぐらいのことはしようと思った。でも、警察は厳しく、清拭は勿論、手も組ませたりしないように、とのことだった。朝までこのまま置いておくしかないことが、私には切なくて「手ぐらい組ませてもいいでしょう?」と頼んだけれど、直接警察と話している看護師は、「一切いじったらダメだって」とのことだった。おそらく警察の検死というのは、例え病院であっても、事件や事故と同じように、遺体に触れてはいけないということなのだろう。私はこっそりかっちゃんの両手を胸の上で軽く重ね、朝までかっちゃんの体はそのままだった。
朝になってから、かっちゃんの体は警察の手によって、ブルーシートにくるまれ、横にしたり、仰向けにしたりさせられて、体内液が出るほどの扱いだったと、後から日勤者に聞かされた。こういう遺体が、医学生の解剖に使われるのだろうなあ、と、想像した。

かっちゃんの体が 持って行かれて、空になったベッドサイドに、お皿のような彼自身の頭骨の一部と、古ぼけた時計だけが、誰にも目もくれられない遺品として、ビニール袋に入れられたまま、残ってた。
私は、そのビニール袋から頭骨を出して、撫でた。
そして、ボール紙に「放蕩院自由奔放居士」とマジックペンで書き、勝手に戒名を作って家に持ち帰り、線香を上げた。
母親が「あなたは犬や猫だけじゃなくて、人間まで連れて来ちゃうのね」と言って、静かに笑ってた。


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 この子はイチコちゃん
80歳の痴呆になったブリーダーが犬たちが餓死寸前まで餌を与えず頑として手放さなかったマルチーズたちの最後の子

数年前にSARA ネットワークさんの冷静な説得でレスキューが出来た。そこにいたマルチーズ全員、数十頭を保護して頂いたがその中の数頭はレスキューした車の中で亡くなり 残りの子達も重い病に苦しみ最後までSARAさんに助けていただいた。 深く感謝しています。
by jiro_saty | 2006-09-17 23:19 | みっちゃんのツイート