ある別れ ぺぺちゃんの涙

Facebookのお友達があまりに捨てられる犬達が多い事を思い辛い子供の頃のお話をアップされました。
私も子供の頃を思い出し思わず泣きました。。。。

小さな命が守られる国を担う若者を育てて行きたいですね。


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小さいころ、我が家には多くの動物がいました。

犬、猫、鶏、オウム、九官鳥、四十雀、インコ、鳥に関しては多すぎて分からないくらい・・。

私が育った場所は東京の下町、小さな住宅がひしめきあうような場所でした。

少し時代は違うけど映画の『三丁目の夕日』あのようなイメージです。(東京オリンピックは知りません(笑))

近所の皆さんが父であり母であり兄弟で姉妹でそんな感じでした。

実家は家業をしており両親は常に家には居ない事が多く
そんな時はおむかいさんで夕ご飯し、お隣さんでお風呂に入る、そんなある意味
まったりのんびりした昭和最後の頃かもしれません。

私が育った町は地域で自宅で商店や自宅兼工場、等が多く知らない人はいないような感じで
それぞれが皆さん、犬や猫、など様々な動物を飼っていました。

気質なのか時代なのか飼い方ものんびりしてて
日々の会話の中で「佐藤さんちのゴロー、角の家にいたよ」とか「田中さんちの猫、子供うんだよ」などなど・・・。飼っているのか、飼われていないのか・・・

我が家に居た白い雑種のぺぺちゃんも日中は鎖をはずし子供たちの遊ぶ姿を日向から見てました。ぺぺちゃんにはいじめっ子の年上のお姉さんに泣かされた時、何度助けてもらったか分かりません。
いじめっ子が私をつねったりすると私の前に立ちはだかりいかにも
「いじめると向かっていくぞ」のような態度。
幼少のころの写真には必ずぺぺちゃんが私の横にいます。

そんなぺぺちゃん、ある日、道路に面した犬小屋に石を沢山入れられていました。

またある日は石を投げ入れ顔から血を出していました。

近くに銭湯があったのですがそこへ通う、見知らぬ方の仕業と分かったのは
その人が通るたびに唸り、吠えるようになったから・・・。
他人に一度も吠えた事無く、地域の方々に可愛がれ、温和で幼少の私をいつも助けたぺぺちゃん。
相手が分かった同じころ、通報があったと、保健所の方が「危険な犬」との事で
ぺぺちゃんを保健所につれて行きました。
もちろん、家族は反論しましたが通報があった限りは無理と。
ところが数日、保健所に収容され、係りの方が見た限り「危険な犬」ではないと自宅に戻されました。
でも、その通行人は毎日のように銭湯に通い、ぺぺは唸る、保健所はたびたび来る。
保健所としてもこうたびたびあると処分せざる得ないと。その繰り返しでぺぺちゃんが可哀そうになり、家族で話し合い親戚の家に行くことになりました。

川口に住むその親戚は広い敷地で大きな工場、周りに川や野原もありぺぺちゃんにはごちゃごちゃした下町の町より良い環境。親戚のおじちゃんも大の犬好き。そこでぺぺちゃんは本当に可愛がって貰ってました。

ある日、ぺぺちゃん、狂犬病の注射で我が家に車でやってきました。

嬉しそうに尻尾を振り、皆になでられ・・・。
ぺぺちゃんの目からは大きな涙。
ボロボロと・・・。
犬って泣くんです。

最初の頃、月に2回ほど川口の親戚の家に遊びに行き、ぺぺちゃんと思う存分遊びました。
でも、親戚の方はもう、しばらくはこっちにこないで欲しいと。
訳を聞くと、私たち家族と会うたび、その後、犬小屋が動くほどどこかに行こうとすると・・・。

そしてその数か月後、親戚からぺぺが鎖をちぎり脱走してしまい探しても見つからないと。

悲しみましたがその頃の時代、今のようにネットもなく、保健所と警察に聞くことしかできず情報は何もなし。

数日後、家のそばで車にひかれた白い犬。

そう、ぺぺちゃん。
家に帰りたかったのね・・・。鎖をちぎり何キロも歩き・・・。たった2回、車でとおった道を記憶し、自分の家族に会いたかったのね。
それ以来、我が家実家では犬を飼っていません。
その事が家族全員忘れていません。

犬は家族を忘れません。

老犬だから、病気だから、旅行にいくからと捨てないでください。
犬は貴方達家族を忘れません。

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by jiro_saty | 2012-08-31 13:02